2014年ウィンブルドン-フェデラーがラオニチに快勝!グランドスラム25回目の決勝戦へ

2014年ウィンブルドンフェデラーが決勝へ

やはり、フェデラーは強かったですね~。

昨年のウィンブルドンでは2回戦で敗戦を喫した「ロジャー・フェデラー」が、見事に準決勝で
カナダの「ミロ・ラオニチ」を「6-4、6-4、6-4」のストレートで破り、なんと「9度目」となるウィンブルドン決勝の舞台へと進出しました。


■フェデラーの過去10年のウィンブルドン成績

2013年—–2回戦敗退
2012年—–優勝
2011年—–準々決勝敗退
2010年—–準々決勝敗退
2009年—–優勝
2008年—–準優勝
2007年—–優勝
2006年—–優勝
2005年—–優勝
2004年—–優勝
2003年—–優勝


これまで、17度のグランドスラムタイトルを獲得してきたフェデラーは、
その内の7度をここウィンブルドンで獲得してきただけに、もう一度この地でタイトルを獲得することは、
大きな挑戦となるでしょうね。


「もう一度ウィンブルドンでタイトルを獲得する事には大きな意味がある。
ここのコートに来るといつでも信じられないぐらいの誇りを持てるんだ。
この10年毎年出場しているし、楽しみたいよ。
2003年の初優勝で夢が叶った。
以来、ここでそんな成功を重ねてきたことがまるで夢のようさ。」

と語るフェデラー。

決勝戦の対戦相手となったジョコビッチとの試合はどの大会でも接戦で、
両者の対戦成績も「18勝16敗」とわずかにフェデラーが上回っているだけ。

今年の決勝戦もどちらが勝ってもおかしくない戦いになるでしょう。


「大会中のプレッシャーの中、いいテニスをしてきたと思う。
昨年は良く無かったけど、ここでは自分に過度な期待を持っているよ。
2週間、トーナメントが進むにつれ良いプレーが出来るようになってきたしね。
今日は簡単じゃなかったけど、勝てたしノバクと素晴らしい試合をしたいよ。 ノバクは素晴らしいチャンピオンだよ。
彼はこういう状況に慣れている。
前にここで勝っているし、ここでの勝ち方を知っている。
良い試合になればいいね。」

18度目のグランドスラムタイトル、8度目のウィンブルドンタイトル獲得の気負いを感じさせない所が、やはり王者の風格ですよね。


ここまで、好調のフェデラーは、準々決勝で対戦した同胞の「スタニスラス・ワウリンカ」戦で1セットを落としたのみ。
それ以外の試合はすべてストレートで勝利してきました。

さらにそれ以外でブレークポイントを握られたのはラオニチに対する1度だけ。


圧倒的な勝ち上がり方を見せて来ましたね。


試合時間も短くまとめているだけに、決勝では課題となるスタミナ面でも多少のアドバンテージがあるかもしれません。


今回、グランドスラムでは25回目の決勝進出を果たしたフェデラー。
おまけに、1974年、オーストラリアの名選手だった「ケン・ローズウォール」が39歳で決勝に進んで以来となる「年齢の高い選手」がウィンブルドン決勝に進んだことになります。


若手が台頭してきたとは言え、やはり強い”ビッグ4″。

今回も結局、ジョコビッチかフェデラーのどちらかが優勝することになり、
過去37度のメジャー大会で35度目のチャンピオンも、「ビッグ4から誕生する」ことになりました。


くしくも、両者が最後にグランドスラムで戦ったのは、2年前の2012年、ウィンブルドン準決勝。
この時は、フェデラーが勝利し、そのまま優勝しました。


そして、フェデラーはそれ以来となるグランドスラム優勝を目指します。



「僕らはいつでもお互い良い試合をしているよ。」



決勝戦を迎える観客のドキドキ感をよそに、ジョコビッチとの決勝戦を心待ちにしているフェデラーのコメントがとても印象的でしたね!!


↓フェデラー VS ラオニチのハイライト動画


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■プレイバック動画
Top5!こんなラリーが見たかった!
特に、3位「ガエル・モンフィス」のジャンピングレシーブは凄い!!
(2013年決勝)ナダル VS フェレール
決勝戦の最中、コート内に突然の乱入者が!
普段は紛れているSPの対応が早いのにも驚いた。
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キャリアで唯一全仏オープンのタイトルを取れていないジョコビッチ。2012年に全仏初の決勝の舞台に立った。
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(2013年決勝)ジョコビッチ VS マレー
第3セットの10ゲーム目、「Serving for the championship point」を迎えたマレーに対し、この日調子の良くなかったジョコビッチが驚異の粘りを見せます!
(2012年決勝)フェデラー VS マレー
2013年のマレーの優勝は、前年の2012年のこの敗戦後のスピーチから始まった・・のかもしれません。
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