2014年ウィンブルドン-ジョコビッチが対10連勝中のツォンガと対戦

2014-06-30_6

今大会、ドローのトップハーフを牽引することになっているトップシードの「ノバク・ジョコビッチ」。

4回戦まで進出したジョコビッチの次の相手が、フランスの「ジョー=ウィルフリード・ツォンガ」となりました。
ジョコビッチVSツォンガ
「このサーフェスで、彼がどんな脅威的な選手になるかは分かっているよ。
サーブはどのコースでも打てるし、ネットに出れば彼はどても攻撃的なプレーヤーになる。
彼の状態が良くて、好調であれば、誰でも倒すことができるだろう。」

とツォンガ戦を前に語っていたジョコビッチ。

2011年のウィンブルドンでタイトルを獲得したジョコビッチは、その大会の準決勝でツォンガと対戦していました。

その際は、4セットを戦ってジョコビッチの勝利。
それ以来10度の対戦ですべてジョコビッチがツォンガに対して勝利を収めてきましたが、
やはりツォンガ相手に警戒を一層強めましたね。


このツォンガ戦に勝利すると、ジョコビッチは
「2009年から続く6年連続ウィンブルドン準々決勝進出」
「2009年のウィンブルドン以降グランドスラム21大会連続準々決勝進出」
を達成することになります。

この”21回連続”も、歴代3位の素晴らしい記録であり、上位3人の内の一人は「ロジャー・フェデラー」ですね。

■グランドスラム準々決勝到達連続記録

1位—–ロジャー・フェデラー(36大会連続)
2位—–ジミー・コナーズ(27大会連続)
3位—–ノバク・ジョコビッチ(21大会連続)



一方のツォンガは、2011年と2012年に準決勝まで到達しています。
そして、このジョコビッチを「複数のグランドスラム大会で破ったことのある選手」として名を馳せるチャンスでもあるのです。

2010年の全豪オープンでジョコビッチを破っているツォンガは、全豪オープン以外のグランドスラムでジョコビッチを倒すと、以下の4人と並びます。


ラファエル・ナダル—–9回
ロジャー・フェデラー—–6回
アンディ・マレー—–2回
マラト・サフィン—–2回


上記の選手達は、この数だけ各グランドスラムの大会でジョコビッチを破っているというわけです。



さて、ジョコビッチにとっては最初の関門であるこのツォンガ戦ですが、結局はジョコビッチが貫禄のストレート勝利を収めましたね。


対ツォンガ戦11連勝となったこの試合は、「6-3、6-4、7-6(5)」で準々決勝進出を決めました。

3rdセットでギアを一段上げたツォンガは、2度ブレークポイントを掴みましたが、
ジョコビッチが何とか凌いでタイブレークまでお互いキープの締まった試合になりました。


「彼はトッププレーヤーだ。
そして彼は大きな大会が似合うね。
だから彼に最も似合うこのサーフェスで、ストレート勝利できたことは大きな結果だよ。
今日は自分のプレーが上手く行ってとてもうれしかった。
精神的にも、自分のゲームのバリエーションもね。
コートの後ろからもとても良いプレーが出来た。 全体的に、とてもいい試合だったし、願わくば同じレベルをキープしていきたいね。」

と、満足のいく結果となったジョコビッチ。

次戦は、4強を掛けてクロアチアの「マリン・チリッチ」との対戦となりますね。


過去、9度対戦してきたこの両者は、実にジョコビッチの「9連勝」

チリッチには、セット数も3セットしか取られていないんですね。


圧倒的にジョコビッチが有利ですが、元Top10選手でもあるビッグサーバーのチリッチも簡単には勝たせてくれないでしょうね。


2012年の全米オープン以来の準々決勝進出となるチリッチが、どこまでジョコビッチの勢いを止められるのか・・・。


ウィンブルドンもいよいよ8強の対戦へと突入します!


↓ジョコビッチ VS ツォンガのハイライト動画


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■プレイバック動画
Top5!こんなラリーが見たかった!
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(2013年決勝)ナダル VS フェレール
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(2013年決勝)ジョコビッチ VS マレー
第3セットの10ゲーム目、「Serving for the championship point」を迎えたマレーに対し、この日調子の良くなかったジョコビッチが驚異の粘りを見せます!
(2012年決勝)フェデラー VS マレー
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